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株式会社山本海苔店様

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クラフトマンシップの復権
「日本の海苔文化を後世に伝える仕事」

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 本ページでは、株式会社山本海苔店様に対するコンサルティング実績をご紹介しています。
 先人から受継がれ、世界の賞賛を受けてきた日本のものづくりの精神と高い技術力は、今まさに危機的状況にある。調査によると、製造業で技能継承に問題がある事業所の割合は、2016年に54.7%に達し、団塊の世代が雇用延長期限を迎え、技能継承が途絶える恐れがあった2007年の51.6%を上回った。政府はこのたび2019年度版「ものづくり白書」で、優れた技能を持つ熟練労働者が社内に残るうちにATなどを活用し、技術の伝承や省力化を急ぐべきとの提言をまとめたが、多くの企業がその認識を持ちながら、様々な理由からその取組みを推進出来ていないのが現実だ。
 こうした状況の中、時代の変化、要請に対し、柔軟に対応しながらも、時代に左右されない職人的なものづくりへのこだわりや愛着、いわゆる「クラフトマンシップ」を経営の重要テーマに掲げ、持続可能性のある存在として、長年歩み続けている企業がある。
 その一例が江戸末期の嘉永2年(1849年)に創業し、170年に亘る歴史の中、海苔ひとすじに歩み、日本の海苔文化に多大な貢献を果たしてきた株式会社山本海苔店だ。そのサステナブルな経営を支える伝承の力はいかに作られ、育まれてきたのか。同社の次世代リーダーである専務取締役 山本 貴大氏へのインタビューから、今後日本の製造業が変革の時代に生き残っていくためのヒントを探る。
(インタビュアー:テクノ経営総合研究所コンサルタント 沢柳 知治)
(※ASAP 2019年 特別号より抜粋)

株式会社山本海苔店
専務取締役 山本貴大氏

受継がれてきた山本海苔店のメンタリテイ

沢柳: 本日のインタビューでは製造業の「持続可能性」と「クラフトマンシップ」の関係性について考察していきたいと考えています。まずはじめに、170年の歴史を通じて山本海苔店が大切にされてきた企業としてのメンタリティとはどのようなものでしょうか?

山本: 弊社には1849年、初代山本徳治郎による創業以来、経営に関わる重要な言葉がいくつか伝承されています。中でも現在に至るまで脈々と受継がれ、会社の行動指針となっているのが2代目の「お客様が最も必要とされる商品を最も廉価で販売せよ」、3代目の「山本の看板がついた海苔には1帖たりとも不良品があってはならない」というものです。この2つが弊社のメンタリティであり、経営上のコアコンピタンスと言えます。

沢柳: 2代目の言葉が販売面、3代目の言葉は品質面のポリシーという感じでしょうか?

山本: おっしゃる通り、2代目、3代目の言葉は、それぞれメーカーとして経営の最重要課題である「販売」と「品質」についての言葉であり、この指針に沿ってマーケティング、生産などの経営戦略が実施されています。例えばマーケティングについてですが、それぞれの時代で革新的な取組みを行ってきた弊社の経営者の中でも、特に2代目はイノベーティブな存在で、顧客ニーズに応じて、海苔を8種類に分けて販売する「仕訳」という現代的なマーケティング手法を導入しています。これにより蕎麦屋さんであれば、「蕎麦」と仕訳けられた海苔を買い求めることで、必要な製品を適正な価格で購入することができるため、販売面のポリシーと一貫性のある展開が可能となるのです。そして2代目が作ったこの「仕訳」は、現在でも弊社の強みとして重要な経営資源となっています。
また生産に関しては品質面でのポリシーを具現化するため、創業当初より生産地に近い場所で最上級の海苔を鮮度感のある商品に加工して、顧客へ届けて来ました。現在も日本最大の海苔生産地である有明海を望む佐賀工場で、徹底した品質管理のもと生産を行っています。このように創業時から継承されてきた弊社のメンタリティは、現在の経営でも重要な役割を担っており、今後も守り続けていくべきものと考えています。

社員の新事業展開への理解・共鳴に経営理念を活用

沢柳: 山本海苔店のメンタリティは各時代の経営に受継がれ、会社の基盤となってきたものだと思いますが、それを全社で共有するための施策としてはどのような取組みをされているのでしょうか?

山本: 私が弊社に入社したのは2008年です。大学卒業後、4年間は銀行に勤務していたこともあり、当初は商習慣の違いなどに、戸惑うことが少なくありませんでした。中でも特に気になっていたのが、弊社には行動指針はあったものの、経営理念、ビジョンといったその上位概念が規定されていないことでした。

沢柳: 会社が何のために存在するのかを規定する経営理念と、その実現に向けた目標であるビジョンは、全社での価値観共有に非常に重要なツールです。それまで規定されていなかった経営理念、ビジョン導入に至った経緯はどのようなものだったのでしょうか?

山本: 私が入社した当時、弊社の販売拠点の大半は百貨店でした。弊社は約60年前から、中元、歳暮に代表される進物商品を、百貨店の「高級品」というニーズに応えて提供する完壁なマーケテイングシステムを確立し、その中で売上を大きく拡大してきました。しかし、流通業界における百貨店の市場縮小と共に、弊社の売上も次第に減少していき、長年に亘って売上が前年割れという状態が続いていました。私の役割は、ある意味その状況を崩しに行くことで、新たなステージを模索する中、中元、歳暮市場の縮小に反して、お土産、手土産市場は拡大していることが、データから判明しました。海苔というのは元々ギフトに向いている商品であるため、これまでの中元、歳暮中心の販売戦略から方向転換を図ることになりました。それに伴い販売先も、それまでの百貨店から、空港などのお土産売場や、量販店などを、新たな拠点として開発していくことが必要だったのですが、社内には山本海苔店が今のプレステージを保てているのは、百貨店に出店しているからだと信じている人がまだ多く、なかなか方向転換が進まなかったのです。そこで、自分が営業本部長に就任したのを機に、ある思惑を持って、大半の社員が参加する事業戦略発表会で、ワークショップ形式の経営理念をつくる会を開催することにしました。

沢柳: 新しい業態への転換に伴って、経営理念を作るワークショップの実施にはどのような狙いがあったのですか?

山本: 簡単に言うと事業戦略で発表した内容と、経営理念を紐付けることで、社員の腹落ちを図るといったところでしょうか。ワークショップではまず座学で経営理念の説明や他社事例の紹介を行い、その後参加者全員で経営理念について意見を出し合うミーティングを実施し、全員合意の上で経営理念を作成しました。その結果出来たのが「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」で、そのロングバージョンが「我々は世界一の海苔屋として誇りを持ち、より多くのお客様に、よりおいしい海苔を中心とした日本文化を永きに亘って楽しんでいただくことで、社会に貢献します」です。この経営理念を活用して、今後の経営戦略の正当性を確認・共有することが狙いだったので、意図的に幅広い意味を持たせるような表現にしました。例えば百貨店でのビジネスにこだわっている人には、自分達の第一義はそこではなく、「よりおいしい海苔を、より多くの人に届けること」にあり、「日本の食文化」というのは、中元、歳暮だけでなく「手土産、お土産」も日本の素晴らしい文化ですよ、というふうに自然と納得し、新たな方向性への賛同を促すことを目指しました。

沢柳: なるほど、新たな事業展開を社内合意の上で進めるため、経営理念の策定を活用したわけですね。戦略的で素晴らしいアイデアだと思います。その経営理念に基づいて、ビジョン(あるべき姿)や行動指針へとつながっていくことが理想的な展開ですね。

山本: 行動指針は先ほどお話した弊社のメンタリティである2代目、3代目の言葉ですが、ビジョンについては現在策定に向けた取組みを進めているところです。その中で弊社の「強み」を考えていると、これまであまり意識していませんでしたが、全社員が海苔のおいしさをわかっているということは、結構大きなことなのではないかと思い始めています。海苔業界は完全に製販が分離した業界で、弊社での加工度は低いのですが、その中でのポイントは「焼き」にあると考えています。弊社の海苔は昔から、海苔だけで食べてもおいしいというメンタリティなので、口どけを良くするために浅焼きが特徴で、お茶と同じような微妙なさじ加減が求められますが、ここにも社員の海苔に対する味覚が反映されていると思っています。

日本のものづくりにクラフトマンシップを復権させるために

沢柳: 社員の方が「いいもの」を知っていて、より良いものづくりに取組んでいる。そういう会社では、日本がこれまで世界でも優位性を保ってきた、クラフトマンシップ溢れるものづくりの姿があるような気がします。一方、現在人手不足から海外人材を活用しようという動きも見られます。日本のものづくりの現状について、どのようにお考えでしょうか?

山本: 実は今弊社の佐賀工場でも、初めて外国人技能実習生を採用しようと考えています。しかしそれは人手不足ということが理由ではなくて、外国人を採用することで工場が「強く」なるのではないかと考えているからです。外国人だけではなく多様な人材を採用することで、それぞれ異なる対応や考え方が必要となりますが、それらは今後の工場戦略において必ず求められることであり、その対応に向けて「強い工場」をつくることは、非常に重要な取組みであると思います。

沢柳: 「強い工場」はこれからの人手不足問題解消に向けて非常に重要な視点だと思います。日本のものづくりが今後、かつてのようにグローバルな競争優位性を持ち、クラフトマンシップを復権させていくためのアイデアがあれば教えてください。

山本: 簡単に言うと、様々な意味での環境改善が必要ではないかと思います。例えばフエラーリは世界最高峰の車づくりをしていますが、そこで働く人には、賃金も含めて、作っているものに相応しい環境が与えられていると思います。日本のものづくり企業も同じように、自社のものづくりにもっと自負を持ち、働いている人たちが誇りを持つことができるような環境を実現していかなければならないと思います。

より多くのお客様に、よりおいしい海苔を楽しんでいただきたい

沢柳: ものづくりの現場で働く人たちが、セルフイメージをもっと高く持てるような経営が期待されます。最後に新時代に向けた今後の長期的なビジョンをお聞かせください。

山本: 冗談と思われるかもしれませんが、私自身はかなり本気で考えている夢があって、将来は山本海苔店の社内託児所の職員になりたいと思っています(笑)ここには壮大な夢があって、社内に託児所がある会社ということは、女性活躍、多様化を推進している会社であり、自分が託児所の職員でいるという状況は、自分が何もしなくても、どんどん新しい商品が生まれ、中期経営計画、長期ビジョンが実施できていて、美しく会社が回っていっている状態ということだと思います。そういう状況を実現することが最終目標で、自分の仕事の着地点だと考えています。経営理念には完成はありません。全社員がより多くのお客様に、よりおいしい海苔を楽しんでいただけることを、常に考えている会社になりたい。そういう意味で私の考えていることをみんなに伝えてくれる、語り部となるような社員の協力を得ながら、全社でビジョンを共有していきたいと考えています。
海苔を贈る価値、それは先様にプレッシャーを与えない、気遣いの象徴だと思います。海苔は乾物なので賞味期限も長く、常温で長期間保存できます。海苔を贈る行為は、先様への気遣いの表現であり、その中で最高級の山本海苔店の海苔を贈ることによって、相手をとても大事にしているということを伝えることができます。社員にはそんな大事な仕事に就いているという意識を持って働いて欲しいと思います。
「おいしい海苔を、心の底から残そうという想い」で、おいしい海苔文化を後世に伝えていきたいと考えています。

沢柳: 山本海苔店の長い歴史の中、受継がれ、今後も大切に育まれていく「ものづくりの魂」が、企業の持続可能性において重要な存在であることが良く理解できました。
私自身も担当コンサルタントとして、ものづくり現場から山本海苔店の企業価値を最大化するための取組みに、今後も微力ながらお手伝いさせていただければと思います。
本日はありがとうございました。

CONSULTAN TVOICE ものづくりにおける精神性は日本が世界に誇るべき伝統

株式会社テクノ経営総合研究所
みらいカンパニー カンパニー長
みらい第1本部本部長 沢柳 知治

「クラフツマンシップとは、例えば我慢強く基本に忠実な人間的衝動のことであり、仕事をそれ自体のために立派にやり遂げたいという願望のことである」これは著書『クラフツマン』で、人間と「モノをつくること」の関係をひも解いたアメリカの社会学者、リチャード・セネットの言葉です。山本海苔店が170年の間、海苔ひとすじに歩んできた歴史は、まさしくこの言葉のように、仕事の基本を大事にし、その本質を見つめることで、さらに仕事への愛着と敬意が深まり、その思いが積み重なっていくプロセスではなかったかと思います。経営理念に終わりはなく、おいしい海苔文化を後世に届けることを常に念頭においた山本専務の経営に対する考え方自体が、持続可能性のある企業としての、山本海苔店の姿を示しており、その伝統は新たな時代に相応しい形で継承されていくのだと思います。



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