コラム/海外レポート

2021.06.22

製造業にとっての「ESG」

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「ESG」の広がり

今や新聞紙面で見ない日はない「ESG」、環境・社会・企業統治の英語の頭文字を並べたもので、企業が事業活動を行う上で配慮すべき項目の総称である。しかしなぜここまで脚光を浴びているのだろうか。
そもそも「ESG」は資産運用業界における投資手法の一つの考え方であり、2006年に国連が提唱した「PRI(責任投資原則)」に多くの資産運用会社が趣旨賛同したことが端緒であった。それは売上や利益などの財務的要素だけでなく、企業の社会的貢献といった非財務的要素を評価に加えて投資を検討すべきという考え方であり、その具体的な指標として用いられたのが「ESG」である。ただ当時業界内ではその理念に一定の理解を示しつつも、社会的貢献が真に投資の直接的効果をもたらすのか懐疑的な意見が多く、投資手法として広く浸透するには至らなかった。
潮目が変わったのは、これも同じ国連が2015年採択した「SDGs」であった。持続可能な発展を実現するための17の開発目標は、異常気象や貧困拡大などリアルな体験を通して全世界の人々の共感を呼んだ。そして「ESG」も「SDGs」の目指すところと極めて親和性の高いものであったため、一気に市民権を得たものと思われる。今では資産運用業界に逆流し、「ESG投資が万能」のようなこれまた極端な様相を呈している。

日本の製造業と「ESG」

では、「ESG」は日本の製造業にどのような影響をもたらすのだろうか、順に考察してみよう。初めの「E(環境)」はどの業界よりも先んじて注意深く取組んでいると思う。それはかつて高度成長期の公害問題において製造過程や製品そのものが人々の生命・身体を脅かした結果、大きな代償を払わされた苦い経験によるところが大きい。その取組み方に各社違いはあるが、環境への配慮はかなり以前から消費者、取引先にはアピールしており、製造業からすれば今更感があるのではないか。ここにきて脱炭素が全世界共通の取組み課題として提示されたことは最早言うに及ばないだろう。
次の「S(社会)」はどの業界も少し前までは、搾取労働など局地的な問題と解され、あまりピンとこなかった項目であった。だが、近年この「S」が「E」にも増してクローズアップされている。所得・資産格差、人権蹂躙、LGBTといった社会的課題が顕著となり山積し出したのである。要約すれば「格差と多様性」ということだろうか、まさに現代の問題である。これは国家、世界レベルで法制度・経済の仕組みから考え直すべきものではあるが、個々の企業でも十分アピールできるものである。例えば強制労働によって生み出された原材料は調達しないなどは、製造業にとって今後代表的な取組みとなることだろう。社員の働き方の多様化・処遇改善などは製造業ではまだまだ改善の余地があり、そこに他社と戦略的に差別化できるチャンスがあるのではないか。
そして「G(企業統治)」、この項目について製造業は特に注意すべきだと思う。「G」は突き詰めれば、経営陣の適切な意思決定とコンプライアンスの問題であるが、とかく製造業ではその意思決定やコンプライアンスをミスリードしかねない周辺事象に近年溢れているからである。それは固有の技術を有していると尚更で、昨今のデジタル化の流れが一層拍車をかけている。サイバー攻撃、敵対買収などにより技術が狙われる危険性はかつてなく高まっている。それ自体ガバナンス上かなり憂慮すべきことなのだが、一方それを克服するため過剰防衛となりホワイトナイトと癒着するなどコンプライアンス上の問題も起こっている。今世間を騒がしている東芝の問題もまさにこれである。この「G」が一番大切な項目であると考える。「G」が揺らぐと有効な「E」や「S」も実現せず、ステークホルダーにアピールできない。「G」を疎かにすると社員のモチベーションが下がり、中には見切りをつけて転職する者も現れる、企業の存続可能性にとって影響は甚大である。
以上、製造業にとってのESGを考察してみた。アプローチの仕方は各社さまざまであり、多少の波はあるだろうが、いずれにせよ一過性のブームで終わるものではなく、永続するテーマと捉えた方が賢明だろう。