コラム/海外レポート

2021.02.10

鉄道運賃における変動価格制導入に思う「変わらない」こと

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一般的に市場価格は需要と供給のバランスで決まる。必要量を超えてモノが流通すると、過当競争となり値崩れを起こして価格が下がるが、反対にモノが不足すると価格が高騰する。昨年の春先、普段は安価なマスクが異常な高値で販売されていた。どこの店舗も品薄で消費者が求めるマスクがなく、入荷したとたんにすぐ売れてしまうし、ネットでは常識では考えられない価格で取引きされていた。しかし増産により供給が追いついた現在、そうした話はもう過去のものになり、あれほど貴重だったマスクも通常の価格に戻っている。
昨年からのコロナ感染症の影響により需要が減ったものは何だろう。まず人の流れが変わったこと。日常における移動量の減少が挙げられるだろう。テレワークの普及や緊急事態宣言による営業時間の短縮や外出自粛で外を出歩く機会が少なくなった。「巣ごもり需要」でテイクアウトや通信販売は売上を伸ばした一方で、GO TOキャンペーン停止の影響も大きい観光・旅行業や飲食業では大幅な収益減となり、事業存続のピンチにある企業や店舗も多い。
日常の足といえば鉄道。たとえばJR東日本の2020年4~6月の第1四半期での収支は1553億円の赤字。昨年7月7日にはJR東日本の深沢祐二社長が運賃収入減少を受けて時間帯別運賃導入の可能性について言及し、さらに同月22日にはJR西日本の長谷川一明社長もそれに続くように運賃制度見直しを検討していることを発表した。そして本年2月には国内鉄道事業を管轄する国土交通省がダイナミックプライシングの導入に向けた検討に入ったことが報道された。
これまでもJR各社をはじめ、鉄道各社ではコロナ対策のために混雑防止策として乗車率の平準化や分散乗車の啓蒙に取り組んできたが、今後は乗車するタイミングで有無をいわさず運賃が変わる可能性がある。つまり安く乗れる時間帯と高くなる時間帯があり、深夜料金が設定されるかもしれないし、土日は特別料金になるかもしれない。定期利用者はどうなるのかといった問題もあるようだ。JRを皮切りに全国の私鉄にも時間帯別運賃が導入されるようになれば、通勤やビジネスにも大きな変化が起こってくることが予想される。

考えてみれば変動価格制は、以前から取り入れられていた。例えば航空業界や旅行・観光業界では繁閑期で価格が変わるのが普通だし、バーゲン、キャンペーン価格、期間限定商品など、時間や時期で値段が変わる例は他にもある。夕方のスーパーで半額になる食品、初回のみお試し価格で提供される健康食品など。これらはすべて変動価格制である。
それでは時間や季節により料金を変えることにどんなメリットがあるのか?まず企業にとっては売れ残りや不良在庫を削減できる。売れ残りによる廃棄処分料を減らし、売り切ることで新たな収益減を確保できる。
一方、消費者にとってはタイミングにより安く商品を購入でき、お得感で企業や店舗に対する満足度が向上するといったメリットが考えられる。ただこれらの事例と、今回の国土交通省による鉄道業界へのダイナミックプライシング導入の検討はいささか趣が異なる。鉄道事業はいわゆる「市民の足」としての役割から、電話、電気、ガス、水道などの社会的インフラ事業と同様にユニバーサルサービス的な側面が存在する。これは大規模な自然災害などで地域に被害がもたらされた時、その復旧がいち早く行われることからも明らかだ。旧国鉄時代から民営化に伴い、全国のJR各社に分社化された後も、そこで働く人とそれを利用する人の間には「変わらない」ことへの絶対的な信頼感と絆があったように思う。新型コロナウイルス感染症の流行はこれまでの世界での全てのルールを見直し、不確実な時代に適した変革力を身につけることを求めている。「変わらない」ことの象徴であった鉄道業界でも今新しい形が模索されている。

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