コラム/海外レポート

2013.02.14

タイ中間管理職の育成

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執筆者:

橋間 伸介

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この記事は5年以上前に掲載されたものです。掲載当時の内容となりますのでご了承下さい。
タイ進出ラッシュ続く

昨年、タイと日本は外交120周年を迎えた。古くはアユタヤ王朝時代からの交易、また、日本の皇室とのゆかりも深い。東日本大震災時にはいち早く発電設備2基が東電に無償で提供されたように、タイは非常に親日的な国家として知られている。
タイの自動車生産台数は、昨年200万台を突破した。今や自動車産業はタイGDPの約10%を占める外貨の稼ぎ頭である。2011年、タイ洪水で一時的に操業停止に追い込まれた自動車産業だが、購入減税措置の年末期限を目前にした駆け込み需要も追い風となった。
タイに海外拠点を構える日系企業は急増中、リーマンショック、東日本大震災および円高の影響で進出が続いたほか、チャイナリスク回避のためタイ進出に拍車がかかっている。

タイ産業構造の変化

今年の1月からタイ国内の法定最低賃金が一律300バーツ(約940円・2013/2/14現在)に引上げられた。その目的は賃金の地域間格差を是正するためであるが、一方で、最低賃金アップは労働集約型から、より高度な技術集約型の産業構造への転換を促進する。
今後は待遇条件もどんどん改善され、勤務体制も2交代から3交代制への移行、週休2日制の普及も進むことが予想されている。好況にあるタイの失業率は非常に低く、売り手市場で人材不足が深刻化。組立などの労働集約的な部分はラオス、カンボジア、ミャンマーなど、ASEAN近隣諸国に移転する傾向が見られる。

サプライチェーン改革

サプライチェーン改革に関する様々な試みも産業構造の変革を後押しする動きである。
バンコクから急速な民主化が進展するミャンマーのダウェー港に抜ける道路整備が進められており、完成後は最短のインド洋ルートとして東南アジアの有力な物流ターミナルとなる。また、バンコク~プノンペン~ホーチミンを結ぶ南部回廊では、フェリーに頼るしかなかったメコン河の渡河地点で日本のODAによる架橋が進められている。完成後は大幅な時間短縮になり、カンボジアで組立を行い、ベトナムのホーチミン港から出荷するといった低コストのサプライチェーンが実現する。このようにASEAN諸国の連携体制は3年後の関税撤廃に向けて動いているのである。

ローカルマネージャー育成

ローカルマネージャーの確保は多くの企業が抱える課題である。前述したようにASEAN諸国の一体化により、ものづくりの各工程をマネジメントできる管理者が求められている。しかし、タイの大卒者に占める理系の割合は約29%に過ぎず、残りの約7割は文系となっている。ここにもメーカー採用における需給バランスの崩壊要因が見られる。また、経験者も含めて優秀な管理者を採用することは極めて困難な状況にあるのが実情だ。そこで、タイにおいては、社内人材の中からマネージャー育成をはかることがどうしても必要になるのである。

日本人スタッフの意識改革

ローカルマネージャー育成のためには、まず、日本人スタッフ自身が自らの意識を変える必要がある。厳しい状況が続く国内産業だが、ものづくりの構造も大きく変わり、現場の問題解決を勉強する機会も減っている。十分な経験もないまま海外に出て役職を与えられても、それに見合った現場改善の経験が不足している場合も多い。だから、ローカルに対する仕事の指示もどうしても一方通行の命令型になってしまう。また、「あと3年もすれば帰国できる」「会社から命じられて嫌々来た」といった出向者意識や被害者意識を抱いていないだろうか。こうした後ろ向きの意識はローカル従業員に容易に伝わるものである。彼らは日本人の仕事ぶりを予想以上に細かく観察しているものだ。
自らが率先垂範して改善の型を示すことができなければ、彼らから一目置かれる存在になることはない。

タイ人の気質を知ること

全般的にタイ人の気質として、まず、リーダーシップは何かということが分からない。そこには、他人に干渉しない文化がベースにあり、結果として業務指示が極めて伝わりにくいのである。社内ではエンジニアとワーカー間のコミュニケーションの調整が難しい。彼らの間には所得格差や階級社会の問題も潜んでいる。 自分の業務上における失敗を簡単に認めようとしないのも特色である。その理由は、失敗したら責任を問われるという恐れがあるからである。だから、どうしてもその場しのぎの対応をする傾向が見られる。そして、業務指示を与えてもはっきりと理解していない場合が多い。そこには聞き返すことが恥ずかしいという文化があるからである。また、習得した技術や技能は他人に教えたがらないというのも特色である。
各種資料も担当者で停まって動かないことが多い。基本的には命じた仕事しか行わず、タイ時間といわれるように仕事の進み具合が極めてスローペースなのである。そして、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)を行うという意識もない。
しかし、彼らにマネージャーとしての資質が欠乏しているわけではない。背景にある先祖代々からの生活文化が影響を及ぼしているだけである。必要な知識や行動は一から教えていくことが必要である。
彼らと接するには「性善主義」「制約と恐怖感の排除」「三割主義」という3つの考え方を持って欲しい。「性善主義」とは、彼らの資質を信ずること。「制約と恐怖感の排除」とは、萎縮しがちな傾向があるので、頭ごなしに怒らないこと。「三割主義」とは、完璧を求めず打席にたつことを優先させるということである。

ローカル改善活動で人材育成をはかる

「自分たちのためにこんな会社にしたい」というイメージを具現化して、そのための行動目標を明確にしていくことである。その中で役割と責任範囲を明らかにする。ビジョンと行動目標の共有化で進める改善活動はマネージャー育成の絶好の機会である。
ある日系企業では、トップ自らがビジョンを掲げて活動を進めてこられた。また、活動はローカル従業員の自主的な運営に任せてきたので、ローカルの経営幹部育成や工場能力の向上という目標も達成されたのである。その企業では、タイ洪水の際にも従業員を解雇せずに活動を続けたので、よりローカル活動が活性化したという事実がある。
ローカル従業員には、会社の利益で給与をもらっているという意識が薄い。しかし、「3年後5年後にはこんな会社にしたい」といったビジョン共有化ができれば意識も少しずつ変わってくる。ただ、最初から大きな効果を期待してはいけない。活動の成果は2年目3年目になって現れてくるものだ。