コラム/海外レポート

2015.06.01

技能・技術伝承の効率的な進め方(前編)

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  • 技能伝承

執筆者:

手島 静雄

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この記事は5年以上前に掲載されたものです。掲載当時の内容となりますのでご了承下さい。
【 前 編 】 熟練ノウハウを技能と技術に切り分ける
はじめに

熟練ノウハウを持つ団塊世代の大量退職により、日本の製造業の「モノづくり力」が著しく衰退したといわれた時代から久しくなりますが、熟練ノウハウの伝承や共有化への対応がなおざりにされ、 当時の技能消失の教訓を生かせずに弱体化してしまった企業や製造現場の実態を目の当たりにする機会が多くあります。 そこで、今回は、熟練ノウハウといわれる「製造現場の技能・技術の伝承」を進める上での効率的な取組みをご紹介します。

技能・技術伝承を進めるにあたって

「技能・技術伝承」とひとえに言っても、何からどうやって手を付けたら良いか判らないという方も居られますので、技能・技術伝承の取組みを大きく2つに分類して紹介します。
まず一つ目は、熟練者のノウハウから定量化、標準化できる部分を抽出して形式知化した上で技術を移行する「技術継承」です。
二つ目は、熟練作業者の固有ノウハウである「技」を受け継ぐ「技能伝承」です。
敢えて「技術継承」と「技能伝承」と言葉を使い分けています。一般的に技能と呼ばれている「属人的作業」の7~8割は、IE(Industrial Engineering)などの科学的アプローチを活用することで、 「継承」が可能な「技術」に置き換えることができます。残りの2~3割は、人が経験を積むことでしか会得することができない「形式知化」することが難しい、真の「技能」の部分です。これらの考え方を前提として、 継承者に必要な熟練ノウハウを伝承するために、伝承すべき技術や技能の特定とそれに含まれる「勘とコツ」をいかに抽出し整理して、継承者に判りやすいように伝授するかがポイントとなります。

技能・技術伝承の進め方

上記のことを踏まえ、効率的に「技能・技術伝承」を進めるためのステップをご紹介します。

(1)属人的作業の中の暗黙知を表出して形式知化する

属人的作業とは、熟練ノウハウが個人に帰属している状態で、一般的にOJT(On the Job Training)によりマンツーマンで熟練ポイントを伝承しているのが現状です。 個人に帰属している「暗黙知」を形式知化するために、先ずは、熟練作業者の一挙手一投足とその時々の認識や判断等のノウハウに該当する部分をすべて書き出します。 この作業には相当な労力を要しますので、熟練者の技能・技術伝承に対する深い理解が求められます。

(2)熟練ノウハウを技術と技能に分解する

個人に帰属していた熟練ノウハウを書き出すことで「暗黙知」を表出し、そのノウハウをIE技法などの活用で「形式知化」します。 熟練者がノウハウを発揮するときの一連のプロセスを細分化してみると、ノウハウを発揮する対象に対峙して「その状況を的確に判断する」ことから始まります。 これは、長年の経験で培われた「カン(勘)」の働きですが、頭の中で過去の経験パターンに当てはめる作業を行っているといえます。
次に具体的行動、あるいは動作に進めるためにどのように対処するか、数ある対応方法の選択肢から最適な一手を選択するわけですが、これも過去の経験パターンに当てはめての判断となります。 的確な状況判断と最適な方法の選択がなされたのちに、実際の行動や動作、即ち、「コツ」を発揮することになりますが、実行にあたっては、自らの判断に対して如何に忠実な行動(動作)ができるかにかかってきます。 これは、身体の神経と筋肉をいかに自在に操れるかということであり、訓練が必要となります。これらのことを極限まで突き詰めていくと、形式知として表出できない部分は、ほんの僅かな部分となるのです。 過去の経験パターンを形式知化することは、非常に困難ではありますが、不可能ではありません。こうして形式知化されたノウハウが「技術」であり、形式知化できずに暗黙知として残ったノウハウが「技能」ということになります。

(3)伝承すべきノウハウ(技能・技術)を見える化する

熟練作業者が、どのような時にどのような判断で、どのような行動(動作)をしたのかの理論的な裏付けとして、イラストやチェックリスト、写真や動画などのメディアに表現し、 作業標準などに熟練ノウハウとして落とし込んでいきます。その際、熟練作業者の「勘やコツ」の部分についても、できる限り客観性や再現性を持たせて形式知化を進めます。 熟練ノウハウが一通り表出されたら、熟練作業者(伝承者)と継承者の作業状況をビデオで撮影し、コミュニケーションを取りながら観察し合い、必要となる伝承ポイントを抽出していくと、漏れなく効果的に進めることができます。
ここで、最後まで理論的な裏付けが明確にできない「コツ」の部分は、訓練して会得する技能対象として明確にしておきます。

(4)技術・技能を習得する

技能に含まれる技術の部分については、前述したとおり表出が可能で「文書、図、記録等のメディア」に表現できるものであることから、習得に必要となる教材を伝承者と継承者が一体となって作っていくことが最も有効的です。 その過程で、メディアに表現することのできない技能についても実践しながら会得する機会を得ることになり、結果として、教材を作成しながら伝承者から継承者への技能移行がスムーズに行われることになります。
ここで作成された文書、図、記録等は、次に継承していく人たちの事前学習の教材として活用することができます。自らが経験を積むこと即ち、訓練でしか会得することのできない「コツ」の領域を極限まで狭めて、形式知化された情報を基に技能伝承を進めることが肝要です。

技能・技術伝承の取り組みに向けて

技能・技術伝承において、教育と訓練を一括りにして進めている企業の話をよく耳にします。しかし、技術と技能は切り分けて考えるべきであって、それぞれにアプローチが違うということを認識する必要があります。 教育の対象は、客観的に形式知化された情報であり、訓練の対象は、それらの情報にもとづいて求める結果が得られるように、身体に動きを覚えさせることにあります。いずれも一朝一夕に成し得ることはできませんので、 熟練作業者が退職する直前になって慌てることのないよう、これらのことを生産活動における人材育成の一環として、継続的に維持できるしくみを作り上げておくことが重要です。

今回は技能・技術伝承を効果的に進める考え方について説明させていただきました。科学的な視点で暗黙知の領域をできる限り形式知化すること。伝承の場で勘やコツを伝える教育手法を共に作り上げることの重要性をご理解いただけたと思います。
次回は、職場で活用できるスキルマップによる計画的な技能・技術伝承の仕組みづくりをご紹介したいと思います。

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