人材は「ストック」ではなく「フロー」の時代
―人が入れ替わっても、仕事が止まらない会社へ―
製造業の経営者と話をしていると、「最近は本当に人が採れない」という言葉を、ほとんど毎回のように耳にします。少子高齢化に加えて、人口減少。完全な売り手市場。「給料はいくらか、休みは取れるか、働きやすいか、どんな仕事ができるか、この会社に将来性があるか」。もはや「会社が人を選ぶ」時代ではなく、今は人が会社を選ぶ時代です。
さらに、物価が上がる中で、「昔からこのくらいの給料だから」といった会社側の論理・感覚のままでは、来てほしい人は来てくれません。会社は、「選ばれる存在」にならざるを得ない状況にあります。このような環境において、人はどんどん社会の中で「流動化」する時代といえます。
一方で、足元に目を向けると、経営者や管理者との話や現場を見ていく中では、「人はストックするもの」という発想が色濃く残っている、と感じることが多くあります。「この人がいれば大丈夫」「この仕事は○○さんにしかできない」「○○さんが休むと困る」。そんな仕事が、膨大にあります。
ある会社では、ベテラン社員が数日休んだだけで、その職場が大騒ぎになりました。どこに何があるか、仕事の仕方、判断の仕方、すべてその人しか分からない。周りの人は「○○さんならどうする?」と想像しながら、恐る恐る・だましだまし仕事を進めるしかない状態で、本人が戻ってくるまでの間、そんな時間が過ぎていきました。こうした光景は、決して珍しい話ではありません。
そして、この状況が長く続くと、仕事はどんどん「属人化」していきます。属人化の厄介なところは、仕事の中身が見えなくなることです。「なぜ、このやり方なのか」「何を見て判断しているのか」「どこまでやればいいのか」。本人には分かっていても、他の人には分からない。やがて本人でさえ、なぜそうしているのかうまく説明できなくなっていきます。「こういう場合は、こうするんです」「なぜですか?」「いや……そういうものなので」。こうなると、その仕事は簡単には人に渡せません。
さらに厄介なのは、属人化した仕事が、いつの間にか「難しい仕事」として扱われ始めることです。「あの人じゃないとできない仕事だから、あの人はすごい」「こんな難しい仕事をこなしているから、あの人は優秀だ」。そういった空気が生まれると、「仕事を簡単にすること」よりも、「難しい仕事をこなせること」に価値が置かれるようになります。その結果、難しい仕事ができる人は、その仕事を「手放したくない」という心理に拍車をかけ、さらに属人化が加速します。
これは、会社にとって、とても危険な状態です。本来、会社として目指したい方向は、むしろ逆でしょう。誰がやってもミスしにくい。判断に迷わない。判断するときの基準が明確で、あとから説明できる。そして、身体的にも精神的にも、できるだけ楽にできる。
“難しい仕事ができる人”を育てて増やすのではなく、仕事そのものの難易度を下げる。人が入れ替わっても、仕事の質とスピードが大きく落ちないようにしていく。この考え方が、これからの会社には大切であると感じています。
もちろん、簡単にはできない仕事もあります。熟練が必要な仕事もあれば、長年の経験がものをいう仕事もある。「職人の経験なんて必要ない」と言いたいわけではありません。むしろ大事なのは、ベテランが持っている経験や判断を、どうやって会社としての、再現可能な形式知、そして財産に変えていくかです。
「○○さんだからできる」で終わらせず、「○○さんは、何を見て、何を考えて、どう判断しているのか」まで掘り下げる。それを言葉にし、基準にし、ときには道具や設備を変え、情報の持ち方を変える。場合によっては、その仕事そのものをなくす。そうやって、一人の能力に依存していた仕事を、「組織の仕事」に変えていきます。
人材を「ストック」と考えると、「どうやって人を辞めさせないか」「どうやってベテランを確保するか」という発想になります。しかし、人が動くことを前提に「フロー」として捉えるなら、違った考え方が見えてきます。人は入ってくる。人は育つ。そして、いつかは出ていく。それでも仕事は流れていく。そんな組織をつくらなければなりません。
だから、人材不足への対策は、採用だけではありません。「人がいなくても困らない仕事」にしておくことも、重要な人材戦略です。仕事が簡単になれば、新しく入った人も仕事を覚えやすくなる。それは教える方にとっても教わる方にとっても望ましいことであり、育成コスト低減は会社にとってもプラスになります。
その結果、任せやすくなり、失敗もしにくくなる。そして、「働きやすい会社」に近づいていきます。
人が辞めないようにする。人を採用する。人を育てる。どれも大切です。ただ、その前に一つ、「この仕事は、そもそも、こんなに難しくしておく必要があるのか?」という大事な問いがあります。人材が流動化する時代だからこそ、この問いはこれまで以上に大きな意味を持ちます。人を囲い込むのではなく、仕事を変える。特定の誰かがいなくても、仕事が止まらない。誰がやってもミスしにくく、判断しやすく、楽にできる。そういう会社の方が、結果的に人からも選ばれる会社になっていくのではないでしょうか。








